放射対流平衡モデルについて

2021年のノーベル物理学賞を真鍋淑郎さんが受賞されました。

「放射対流平衡モデル」の構築は僕のような初学者の読むテキストにも載っているような業績なので、簡単に説明してみたい。以下、記載のない図版は『一般気象学』(小倉義光,2016,第二版)からの引用です。以下の内容は概ね同書と、放大のテキスト『改訂版はじめての気象学』によります。

 

そもそも何の話かというと、大気温度の高度分布のシミュレーションです。

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観測では、高度が上がると、対流圏では気温は下がり、成層圏では気温が上がります。

いや、順番が逆で、対流圏の上に発見された、気温が高度とともに上昇する層を成層圏命名したといいます。どうしてこうなるのか。

 

まず地球全体でエネルギーの入り(赤)と出(青)を考えます。地球が受ける太陽放射と地球からの放射が釣り合っているはずで、どちらも黒体放射によるものとすると、以下のようになります(S:太陽定数(単位当たりのエネルギー)、A:アルベド(地球の反射率))。

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『一般気象学』(小倉義光,2016,第二版)

地球の放射Ieは温度の4乗に比例する(ステファン・ボルツマンの法則)ので、これをとくと地球温度Te=255K(=-18℃)になる。これは大気の存在を考慮していませんが、実際、大気の上端ではこれぐらいの温度になるそうです。

 

次に大気の影響を考えます。大気は上端から下端(地表面)まで厚さがあり、密度が違うので、たくさんの層があるものとして、それぞれに入ってくるエネルギーと出ていくエネルギーを考えます。

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このとき、各気体(二酸化炭素、オゾン等)の高度による分布の違いと、放射特性(吸収する波長の特性)を考慮する必要があります。例えば、オゾンO3は高度25kmを中心に分布していますし、水蒸気は地表面付近に多く分布しています。

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こうした各層の放射を考慮したモデルを温度が平衡状態になるまでシミュレートすると、1年ぐらいで下図の左のように収束するそうです。

地表面の340K(67℃)は高すぎますが、ここから高度10kmぐらい(対流圏界面)までは高度とともに180Kまで温度が下がる。そこからはオゾンが紫外線を吸収することで加熱され、高度とともに上端の255Kまで昇温しています。

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『改訂版はじめての気象学』(田中博、伊賀啓太、2021)

この静的なモデル(放射平衡モデル)では、オゾンによる成層圏の形成は表現されているにしても、地表面の340Kは高すぎるし、そこから10kmの上昇で160℃も気温が下がっており、これだけ温度差があれば垂直に対流が発生して温度差が解消されてしまうはずです。

そこで、対流が発生することを考慮したモデル(放射対流平衡モデル)が先ほどの上図の右側になります。地表面は300K(27℃)、高度12kmの対流圏界面では220K、下部成層圏はほぼ等温で上部成層圏で緩やかに昇温し、上端で255Kとなっています。

これ(赤線)を観測結果(実線)と比べると、かなりいい近似になっていることがわかります。

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以上、説明は非常に簡単ですが、これを1960年代のコンピュータ・リソースによる計算量で行ったわけで、よほど芯を喰ったモデルでないとこんなにうまくいくとは思えない。以下の記事では、1日あたり8000ドルかかっても計算結果が爆発したりと苦労がうかがわれます。

https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1987/1987_10_0647.pdf

 

やはり、コンピューターは仮想通貨のマイニングとかじゃなくて、こういう使い方をしてほしいものです。